グランパ プチ Facon(流儀)

いつまでも「タノシク、カワイク、役に立」てない、三世代同居中のグランパ悪戦苦闘の記録!!昭和時代の「田舎の雑貨屋」です(笑い)!

老いの自覚を「受容」する難しさ!!

「老い」を自覚するときは、どんなときだろうか。

 

グランパのこの間の体験では、

 

向上編

「物忘れの頻度」

「体の痛みの頻度」(最近、とくに手足の痛み)

 

低下編

「反射神経・運動の低下」

「我慢の限度の低下(いわゆる切れやすくなる)」

「好奇心の低下」

そして、

何よりも「気力の低下」

いわゆる頑張りが効かなくなる。

などなど。

 

ところで、これらが、一度に、平均的に表れるのではない。

ボケと同じで、まだら状態で発生する。

つまり、調子が「良い時」と「悪い時」が交互の訪れる。

この頻度が、だんだん、早くなる、向上する、という感じだ。

 

そして、こうしたことを「受容」すること。

 

こんなブログを書いているときに、孫が、コロナに罹り、楽しみにしてた林間学校に、一日しか行けなくなった、と隣で愚痴っている。

「それは残念だったね。」と一応共感しておいて(笑い)

「罹ったことはどうしようもないだろう。自分では、いまさら、どうしようもないだろう。それは変えられないよ。難しい言葉でいえば、受容すること。では、どうするか。発想を変えてみようか」と今考えていた言葉を使いながら、シニアらしく説教を始めた。

「出来ないことは、辞めて、では、一日でも行けることになったわけだから、その一日をどう楽しむかを考えようよ」「集中して楽しめれば、二日の参加とは違う楽しみがあるかもしれないよ」と話題を「ポジテイブ」な方に向けた。

これで、結構、孫は納得したのか、愚痴がちょっと減ったようだ。

しかし、「敵」もさるもの。

「でもいけなくなったのだから、何か買って」と今度はねだり作戦に変更。

「それこそ、話が違う。ダメダメ。」とダメ出しを連続で浴びせる。

これで、またちょっとは、おとなしくなったが・・・

 

孫のお陰で、グランパもちょっとは刺激をもらって、「気力」が回復したみたいだ。

有難う、と本人に言えば、「では何か買って」とくるから、簡単には口にはしないが、心では感謝している。

 

さて、グランパの「受容」のことだったが、もう忘れてしまっていた(笑い)。


ところで、このブログを書いたあと、グランパ自身がコロナに罹患してしまった。

一週間ほど「家庭内幽閉」生活となった。